振り向いても未来

楽しいものに吸い寄せられる性質です

選挙の度に思うこと〜田舎の家族の話〜

開票特番を見るたびに思い出すことがある。3年前の8月、私は春に大学を卒業したものの就職せず、実家のある長野県でフリーターをしていた。今思えば家族全員が居場所がなく、鬱々と、悶々としていた時期だった。

 

日曜日の朝、愛犬が死んだ。

 

数ヶ月ものあいだ、日に日に弱っていき、8月になってからは更に目が離せなくなっていた。家族のなかで翌日が休日の者が交代で夜通し起きて側についているような状態だった。

 

その日曜日は珍しく家族全員が休日で、土曜の夕食時に「投票は運転できる人とできない人でペアになって、交代で行こう」と家族会議がなされていた。知事選だった。14年家族の潤滑剤だった愛犬がいつ死んでもおかしくない状態であっても、なんの迷いもなく私たち家族は投票に行く気でいた。

 

だが誰一人として投票には行かなかった。その日の朝、愛犬が死んだ。

 

前日の夜から祖父母の起きる5時過ぎまでは私が側についていた。喘息のような発作が起きると、ゆっくりと背中を撫でた。時折こちらを見つめる瞳があまりに苦しそうで、3年以上経った今でも鮮明に覚えている。でも堪えられずに私が涙を流すと、彼は元気だった時と変わらず、必死にすり寄ってきた。伝う涙を舐め取る力はもうなかったけれど。死を目の当たりにした時、当人の方が誰よりもきっと冷静なのだ。

 

5時過ぎに愛犬を祖父母に預け、私は眠りについた。そして3時間ほど経った頃に母に叩き起こされた。その時が静かに訪れていたのだ。

 

祖父がテレビを見ながらうたた寝をしていたその時、母が食器を片付けていたその時、祖母が洗濯物を干していたその時。その全てを見届けられる位置で、彼は静かに息を引き取っていた。目を離したほんの一瞬だったそうだ。

 

家族全員が声をあげて泣き、泣き疲れて眠り、起きて姿を見てまた泣き、そのうちに夜になった。夕食時に誰かがニュース番組をつけた。そのとき母がぽつりと言った「そういえば選挙忘れてたね」の言葉がやけに大きく部屋に響いていた。

 

今でも開票特番を見るとその声を思い出す。そして投票に行くと「まだ投票できる余裕がある」と思う自分がいる。家族を失った悲しみの中ではその存在すら忘れてしまうのだから。

 

今回の選挙では遠く離れた実家の家族たちも台風の近づく中、揃って投票に行った様子で、投票後にほぼ毎回寄っていた、投票会場の小学校近くのラーメン屋さんの写真がメールで送られてきた。選挙を通してきちんと私たち家族は未来を考えて歩き出せている気がした。