振り向いても未来

楽しいものに吸い寄せられる性質です

トイレの電球とミラーレスカメラとある社長の話

そういえば先日、トイレの電球を替えた。

替えながら「便所の100ワット」という言葉を思い出した。

まだ大学生だった私にその言葉をかけたのはバイト先に併設された別会社の社長だった。

そうして「無駄に明るい」という評価をくだされた私は、まるで娘のようにお小言を言われたかと思えば、相談に乗ってもらったり旅行のお土産をもらったり、同じく「便所の100ワット」な奥様ともども可愛がっていただいた。大学を卒業してからも近くに用事があればコンビニで社長の大好きなコーラを片手に立ち寄った。一人暮らしを心配され、差し入れをどんなに持って行こうと、それ以上に何かしらをご馳走になったり持たされたりして帰ることになった。今思えばまるで帰省した子供のような扱いだった。

 

社会人になり訪問の頻度が減り、昨年約一年ぶりに立ち寄った。

社長の大好きなコーラも「炭酸が抜けることも考えてミニボトルにしろ」といつもわがままを言うので、しっかりとミニボトルをチョイスして自動ドアをくぐった。

しかしそこにいつもの社長の姿はなく、奥様が接客をしているだけだった。

特に気に留めずにいつもそうするようにカウンターの中に進み、私は久しぶりに「頭が真っ白になる」という感覚になった。そこには黒いフレームに収められた遺影となった社長がいたからだ。

 

状況が一切掴めずにいた私のもとに、接客を終えた奥様がやってきて私の名前を呼んだ。振り返り、奥様の顔を見た途端に私は泣いたのを覚えている。状況を掴めなかったわけでなく、認めるのが嫌だったのだ。でも奥様の声は震えていて、顔は涙をこらえてしわくちゃで、事実を認めざるを得なかった。まぎれもなく社長は亡くなっていた。

 

そこから奥様とたくさん社長の話をした。これまで自分がどれだけ可愛がってもらったのか、たくさん憎まれ口を叩きながら、たくさん笑いながら、たくさん泣くことになった。店じまいをして奥様と食事をしながら、尽きることのない思い出話をお互いに共有した。

 

帰り道で一人になり、真っ暗になった空を見上げながら「きっと弔うってこういうことなんだろう」と漠然と思った。故人に関わる人たちが改めて「故人がそこに確かに存在したのだ」と認め合うことで、死を受け入れて弔うということにつながるのだ、と。

 

私は医療機関に勤めている。病院と違ってクリニックでは患者の死亡者数は圧倒的に少ないが、それでも死というものには慣れる。もちろん面識がある患者の死は毎度悲しく心が痛むが、それでも慣れる。死は珍しくない。日常の中の1つで、どれだけ長生きしようとも、関わりが多かろうと、数枚の書類でだけ知らされることがほとんどだ。だからこそ大切なことは「残された人たちがきちんと弔っていくこと」だと思うようになった。

 

年齢を重ね、20代も後半になり、顔見知りの訃報を聞くことも珍しくなくなった。

先日も昨年秋に癌の転移が見つかったと知らせのあった親戚が亡くなったと連絡があったし、数年前に中学の担任が定年を迎えることなく亡くなっていたと同級生から不意に教えられた。悲しいかな、大学の友人は高校時代の同級生が他界したと言っていた。

 

当たり前すぎてすっかり忘れがちだけれど、人はいつ命を終えるのか分からない。

寿命が延びてあと100年生きるかもしれないが、1時間後かもしれない。

私は果たして、それに抗うために何をしたいのか。

 

前述した社長の遺影がとても寂しかったのを覚えている。

もともと写真の嫌いな人で、卒業のあいさつに行ったときに記念写真さえ撮ってもらえなかった。そのため大好きなゴルフの大会で渋々撮った集合写真の一部を、拡大に拡大を重ねたものが遺影だった。画素数の極めて荒いそれは白みがかっていて、残された私たちの記憶に靄をかけているようで、心がざわつくものだった。

 

被写体はなくなったが、その分私は自分の周りの人たちをきちんと写真に収めたいと思うようになった。私はかねてから「いつか欲しい」と思っていたミラーレスカメラを購入し、壊れた携帯の機種選びもカメラ機能を優先させた。全て撮って残すことはできないことくらい分かっていて、でもそれでも、いつかこのなんとなく切り取った一瞬を心の拠り所にするときが来るかもしれない。そう思うようになってから私は自然と帰省のたびに家族を被写体にしている。「遺影用」と言ったら縁起でもないが、いつかきっと「こんなことがあったね」「よくこんな顔してたね」なんて笑いの種になる気がする。そうして弔っていきたいなんて少し寂しいことを考えている。

 

でもカメラは楽しい。世界がとてもドラマチックに思える。

毎日嫌々通る通勤経路も、全部嘘みたいに綺麗に思えるし、休日の買い出しも寄り道にわくわくするようになった。

たいていのものを「悪くない」と思えるようになった。

まだまだ初心者で機能すら把握できていないが、撮影を通して死すらも「悪くない」と受け入れられるようになればいいと今は思っている。